2016年2月26日金曜日

ズルタナイト

制御担当の木野です。

少々前の話ですが正月に実家に帰った折、母親から中東/地中海方面へ船旅に行ったとの土産話とともに、寄港したトルコの怪しい?店にあった「ズルタナイト」という宝石を買ってきたと見せてくれました。オスマン・トルコ帝国の君主であるスルタンにちなんで名付けられた石で、面白いことに照らす光によって色が変わるのだとか。実際、太陽光と蛍光灯の下で比べてみたところ明らかに違う色に見えます(下写真)。きっと特定の波長だけ光を吸収してるんだろうなどと適当な説明をしていたら、じゃあ測定してきてよってことに・・・

そのズルタナイトを京都に持ち帰り、波長ごとの透過率を測ってみたのが下のグラフ。深い吸収帯が複数あって見事なまでにデコボコ。全体の傾向としては短波長(グラフの左側)ほと吸収が大きく、長波長(同右側)は透過しやすいので、太陽光のように波長に対して滑らかな強度分布を持つ光をあてると赤色っぽい色に見えます。
一方、蛍光灯の光は緑色の成分が波長546nm(水銀の輝線)に集中しています。ズルタナイトはこの波長の光をほとんど吸収せずに透過するので、緑色の光が強いまま残ります。

今回の測定対象は鉱物でしたが、天体の観測でも望遠鏡で集めた光を波長ごとに分解して強度を調べます(分光観測と言います)。ただの一点にしか見えない星でも分光することで、表面の温度や含まれている物質、天体の運動速度などがわかります。天文に関するニュースや新聞記事などでは天体を見たままに写した撮像データ(要するに天体写真)が良く使われます。理解のしやすさや見た目の華やかさの点から選ばれているのだと思いますが、実は観測の半分くらいを分光観測が占めていて、天文学者はグラフや数値をこねくり回して天体の性質を調べているのです。

3.8m望遠鏡にもたくさんの分光器が取り付けられる予定で、既に他の望遠鏡で観測を行っている可視光面分光装置や高速測光分光器を移設するとともに、可視光高分散分光器・近赤外線測光分光器の開発も計画されています。3.8m望遠鏡は国内で最大口径の望遠鏡になるので、これまでより多くの光を集められます。光の量が多ければ波長を細かく分けて分光観測ができるので、星の性質を更に詳しく解明できるようになると期待しています。




太陽光(左上)と蛍光灯(左下)の光で撮影したズルタナイト。右のグラフは波長ごとの透過率。左側が短波長(青い光)で右が長波長(赤い光)
光源の種類によって色が大きく変わる宝石は、ズルタナイトの他にも6月の誕生石であるアレキサンドライトが有名です。




2016年2月3日水曜日

信長のえらさは、桶狭間の奇跡で悦に入らず、地道に戦って勝ったこと

リーダの長田です。

今年のNHKの大河ドラマ「真田丸」は視聴率がなかなか好調だとか。今週は、どんどん進んで本能寺の変の後の真田家となるのでしょう。
さて、「信長のえらさは、この若いころの奇跡ともいうべき襲撃とその勝利を、ついに生涯みずから模倣しなかったことである。古今の名将といわれる人たちは、自分が成功した型をその後も繰りかえすのだが、信長にかぎっては、ナポレオンがそうであったように、敵に倍する兵力と火力が集まるまで兵を動かさなかった。勝つべくして勝った。信長自身、桶狭間は奇跡だと思っていたのである。」
「独創家たらんとする空虚で陥穽に充ちた企図などに、彼は悩まされたことはなかった。模倣は独創の母である。唯一人のほんとうの母親である。二人を引き離してしまったのは、ほんの近代の趣味にすぎない。模倣してみないで、どうして模倣できぬものに出会えようか。僕は他人の歌を模倣する。他人の歌は僕の肉声の上に乗る他はあるまい。してみれば、僕が他人の歌を上手に模倣すればするほど、僕は僕自身のかけがえのない歌を模倣するに至る。」

「プロの天文学者は、晴れていれば夜な夜な観測していると思われているらしい。だが、一般には」のコピペどころではなく、こんなにまで模倣してしまうと、「一人殺せば犯罪者だが、たくさん殺してしまえばこっちのもの One murder makes a villain. Millions, a hero.」の世界かと思いますが、正直に引用元を書くと、司馬遼太郎の絶筆となった「街道をゆく 43 濃尾参州記」と小林秀雄の「モオツァルト」を勝手につなげたものです。

自分がこれまでやってきたことを繰り返すよりは、他に範を求めその模倣をすることですぐれた仕事をすることも重要だなあと最近思っています。私は、いちばん最初に書いた論文から、赤外線の偏光観測をやってこんなに目覚ましい結果が出ましたよ、とやるのを繰り返して来ました。が、ここのところ、銀河系の星間空間の磁場の研究論文を院生の人と書こうとしていまして、そこでは、これまでの他の人の仕事をうまく模倣しつつ、実は、それらでは全くうまく行っていなかったところを地道に改善して、私たち独自の素晴らしい結果を出そうと考えています。

銀河系の渦巻に沿って磁場の磁力線が巻いていて、それによる赤外線の偏光が見られる、ということはすでに先達の研究からわかって来ています。ところが、私たちから銀河系の中心までを見わたすと、なんと、2/3あたりまでの距離とその向こう1/3ほどでは磁場の方向が少し違っているみたいなのです!

この3.8m望遠鏡でも、先日京都に来て講演してくださったルイス台長が率いる、分割鏡の大先輩ハワイの10m ケック望遠鏡などの模倣をしっかりとやって、私たち独自の素晴らしい成果につなげたいなあと考える今日この頃です。






 私の書いた1983年の最初の論文の図に、日本語の説明を加えたりしたもの。奇跡とも言えるようなとても幸運な観測で出た結果で、数十の論文に引用されたんだと、かつて自慢していたものです。