2016年3月25日金曜日

観測しない観測

プロの天文学者は、晴れていれば夜な夜な観測していると思われているらしい。しかし、今や観測しないで観測するケースも多い。「観測しない観測?何のこっちゃ?」と思われるだろうが、「まぁ皆さん聞いてください」(人生幸朗風に)。
 1年程前に、リモート観測について書いた。私もこの間についに岡山観測所のリモート観測を経験した。しかし、近年観測しない観測モードもあるのである。一例を挙げると、すばる望遠鏡のサービス観測である。観測時間が4時間以内だとサービス観測という枠に申請することができる。採択されると、観測所の担当者が、申請者の代わり観測を実行してくれるというものである。気づいたら(?)観測データがでているので、これをもらって自分達でデータの処理・解析を行う。
 ところがもっと上(?)を行くのはALMAである。ALMAでは採択された観測課題を申請者本人が観測することはない。観測所が責任をもって観測を実施してくれるのである。確かにわざわざチリの高地まで観測に出かけるのも大変だし旅費もかかるので、申請者自身が観測するのは能率が悪いという面がある。また、ある種の気象条件を満たさないとできない観測は、何月何日に観測ですとあらかじめ決め打ちできないので、観測所の判断で実行する観測プログラムを組み替えながら観測を実施するようにしている。このため一つの観測プログラムが細切れになって観測されることもある。次々と適切な観測プログラムを走らせることによってロスタイムを最小化しようという意図もある。
他人の観測だと、どこまで観測したらいいのかわからないのでは?と思われるかもしれない。その通りで、観測でとらえたいシグナル(信号)は人によってまちまちであるから、目標が達成されたのかどうか観測担当者にはわからない。担当者がいちいち観測プロポーザルを熟読して理解するのも大変であるし誤解も起こるだろう。そこでALMAでは、目標とするノイズレベルを申請者があらかじめ設定し、観測担当者がこれを達成したことを確認して観測を終了するという仕組みをとっている。もう少しで有意に信号が検出されるというような状況になっていたとしても、そんなことは知ったことではなく、非情にも設定ノイズレベルを達成したところで観測終了というわけである。
さらに驚くべきことに、ALMAでは、観測終了後のデータ処理までしてくれるのである。ALMAは干渉計であり、そのデータ処理はなかなかややこしく、素人にはとっつきにくく難しい。干渉計のデータ処理に習熟している人は多くはない。そこでALMAによる観測成果を最大化するために、仮に理論屋さんが「観測」したとしても、すぐに観測結果を見て論文にすることができるように、という趣旨で行なわれているようである。私も野辺山宇宙電波観測所等の干渉計での観測経験があるが、非常によく習熟しているとは言えないので、ありがたいことはありがたい。しかし、そうは言っても、やはり人の観測目標はよくわからないし、見たい部分に十分配慮したちゃんとした処理済みデータがでてこないケースもある。実際、私も奇妙な観測設定やデータの処理で非常に困惑し大いに苦労したことがある。最近は正しい観測とデータ処理がなされているようであるが、初期の頃は結構アブナイ感じであった。
このようなシステムは、「観測者」にとっては便利であり、あるいはユーザー拡大という意味では意義があると考えられる反面、人材の育成という点では注意が必要なように感じる。世界中が単なるユーザー集団になってしまわないように気をつけないといけない。
ところで、ALMAのこういったシステムは、観測せずとも既存の処理済データで研究を行なうことができることも意味する。ALMAの処理済みデータは周波数毎の画像データであるので、申請者が目的とした天体(のある部分について)以外の情報も含んでいる。このような偶然観測された天体を対象とした研究も可能であり、実際こういった研究結果はたくさん出つつある。観測データの有効利用であり、観測したくない人(いなくもない)・観測提案が採択されなかった人々にもある意味朗報と考えるべきなのであろう。
いろいろ勝手なことを書きましたが、ALMAの大いなる研究成果、そして皆様のご健康とご多幸をお祈りしつつ、本日のぼやき(だったのか!?)を終わらせていただきます。(うーん、定型だな)
 
太田 2016321日 




ALMA望遠鏡(国立天文台提供)。
電波干渉計であり、たくさんの望遠鏡を使って1台の大きな望遠鏡として観測する。






2016年3月11日金曜日

「ブラックホール天文学」という世界

 本を出しました(2016年1月刊行)。今回の本は、一般向けではなくて、大学に入って天文学の研究を始めようとしている学部~大学院学生向けの教科書『ブラックホール天文学』(日本評論社)です。
 本書のテーマは、「宇宙のエンジン:ブラックホール」です。ブラックホールは宇宙に多大なエネルギーを「供給する」エンジンということです。「吸い取る」ではなく「供給する」です。これは「ブラックホールとは、何でも吸い込む怖い穴」という常識に反しますね。なぜそういうことになるのでしょうか? それが本書のテーマです。
 理屈は難しいのでここには記しませんが、ただ、「ものごとには両面がある」
という「人生の知恵」のようなものがここでも通用する、とだけコメントしておきましょう。「頼りがいがある人」と思ったら、じつは「自己主張の強いだけの人」だったとか、「優柔不断でいらいらさせる人」と思ったら、「いろいろな立場を理解し面倒みてくれる苦労人」であったとか、そのように人を多面的にとらえる智恵に通じるものがあります。
 さて、私は本を書くとき、とくに理系の難しい本を書くとき、できる限り身近な例にたとえて解説するように心がけています(まだまだ未熟ですが)。すると、天体現象においても、人間社会と共通することが見えてきます。三角関係が好例です。人間社会で三角関係は不安定の象徴ですが、三つの星の集まりもやはり不安定です。互いに同じ距離を保ちながら回転しているうちはいいのですが、中の二つの星が接近するとバランスが崩れ、一気に破滅に向かいます。3つ以上の星の集まりは不安定で長続きしないのです。
  しかし、太陽の周りを多くの惑星が何十億年も周り続けています。不思議です。じつに不思議です。それだから地球上で生命が生まれ、進化し、私たちがここにいるのですが、やっぱり不思議です。そう思いませんか?

(嶺重 慎)



『ブラックホール天文学』(日本評論社)