2017年5月26日金曜日

ビア樽のなかの生命活動

 惑星観測装置担当の山本です。

 先日、大阪の長居公園で行われたオオサカオクトーバーフェスト2017に行ってきました。5月にオクトーバーとは、という思いもありましたが、好天にも恵まれおいしいビールと料理が頂けて幸せでした。


オオサカオクトーバーフェスト受付の様子

 学生時代に名古屋にある某ビール工場見学ツアーに参加し、そこでよりおいしくビールを頂くための「秘伝の三度注ぎ」のやり方を伝授され、以来その会社のビールをひいきにしていますがしかし、原材料/発酵のさせ方/ホップの組み合わせの違いで、世界には様々な種類のビールがあります。ビールと言えばキンキンに冷えた、と思いがちですが、あまり冷えていない方が風味や香りを楽しめるものも多くあります。今回のイベントでは5つの醸造所のビールしか飲めませんでしたが、これからがビールシーズン(本来は秋でしょうが……)。沢山飲んでいきたいです。

 さて、ビールはエジプトのピラミッド建設時に報酬として振る舞われたという記録が残っているほど歴史が深く、また全世界に多くの愛好家がいらっしゃるので滅多なことは言えませんが、その製法を極簡単に整理すると、麦などを由来としたデンプンを糖化させた麦ジュースにホップを加えた後、ビール酵母に発酵させ、アルコールと炭酸ガスを生成させてビールにする、でしょうか。ビールに限らずお酒というのは糖分を酵母に食べさせてアルコールを作ります。アルコールというのはそもそも炭素と酸素から出来ている鎖のどこかにヒドロキシ基(-OH)をくっつけた物質で、実は生物の体にはありふれています。

 少し話は変わりますが、私が研究している惑星観測装置では、木星のような巨大なガス惑星の観測を目指した装置開発を行っています。しかしこの装置で培った技術などを、現在建設が予定されている超大型の望遠鏡に適応することで、将来的には地球のように表面が水に覆われた岩石惑星の観測を行いたいと思っています。こうした惑星を観測し、「地球外生命の兆候」を発見することが究極の目標の一つです。

 ここで挙げられた「生命の兆候」が何を指すのか、に関しては様々な意見があります。地球型の生命を考えるならば、炭素から構成されている生物がいるのなら「メタン」が排出されるはずだ、とか、植物のような生命が光合成をするのだから「酸素」があるはずだ、とか、植物一つ一つを見ることは出来ないが大陸を覆うような大森林があるのならば「葉緑体の色」を見られるはずだ(2015年11月の山本記事参照[http://sarif-report.blogspot.jp/2015/11/blog-post.html])、とかです。

 このうち「葉緑体の色」というのは現在観測可能な星が太陽よりも小さく暗いので、地球の植物のような葉緑体を持っていないかも知れず、ハッキリと見られるのかは分かりません。また「メタン」や「酸素」などは生物が関わっていなくても生成される場合があるため、これらの物質が発見されたからと言って即「生命が発見された!」とはなりません。

 そこで、Turbo-King等のグループは、先ほど紹介した酵母菌のような生物の発酵によって生成された炭酸ガスとアルコールが検出出来れば、これが「生命の兆候」として使用できる、と報告しています(arXiv1703.10803[https://arxiv.org/abs/1703.10803])。もともと「海」があるような惑星を観測しようとしているので、水とアルコールと炭酸ガス、つまりビールのような惑星が発見出来るのならば、そんな惑星には生命が溢れている、と。

 実はこの論文は4月1日に投稿された(今年は4月1日が土曜日だったので掲載されたのは4月3日でしたが)エイプリルフール用のジョーク論文です。しかし何を以て「生命の兆候」とするのか、どんな物質が最適であるのか、そもそも「地球生命のような生命」の探査でよいのか、などなど議論は尽きません。土星の衛星には表面を覆った氷の下に液体の水があると考えられ、実際に間欠泉のように水が噴出していることが確認された(正確には水が分解された後のと思われる水素ですが)「エンケラドゥス」や、地球とはまったく異なりメタンが雲や川、海を作っている「タイタン」など、地球外の生命の存在が期待されている天体がいくつかあります。

 さまざまな理論や議論がありますが、何はなくとも観測出来なければ確認が出来ません。装置の開発を目指し、今後も開発を続けていきます。

それでは!



2017年5月12日金曜日

巨大真空容器

光学など担当の岩室です。

 現在、3.8m 望遠鏡で使用する分光器の開発を進めています。
この分光器は天体の赤外線スペクトルを調べるもので、なかなか大変な装置です。今回はこの装置の入れ物の紹介です。

 微弱な天体からの光を調べる天文学の観測装置にとって、関係のない周囲からの光は大敵です。可視光で使う装置は余分な光が装置内に入らないように、入射窓以外の部分は密閉することで周囲の光を遮断していますが、赤外線はそういうわけにはいきません。
なぜなら赤外線は温度のあるもの全てから放射されているからです。
特に分光器の場合は天体からの光を波長ごとに分けて更に微弱にしてしまうため、周辺からの光の影響をより受けやすくなります。
そのため、赤外線の装置は装置内部の壁をできるだけ(この装置の場合マイナス200度まで)冷却する必要があります。

 壁を0度より低い温度まで下げると結露します。そのまま時間が経つと、内部の全ての物が昔のアイスクリームの販売容器のように霜だらけの状態になり、全く使えません。
そのため、赤外線の装置は真空容器に入れて全ての気体を吸い出して真空とし、その状態で冷却する必要があります。3.8m 望遠鏡で使用する赤外線分光器は、できるだけ多くの情報を得るためにかなり大型の装置となっており、それを格納する真空容器も1m を超える大きなものとなります。
大きな真空容器は地球の大気圧との戦いとなります。

 地球の大気圧は1平方センチあたり約1kg で、1平方メートルだと10トンにもなります。これだけの力に耐え、かつ確実に真空を保持できる構造にするには、通常はできる限り球面や円柱を組み合わせた形となるのですが、その場合、内部の光学系の設置や取り扱いがしづらくなります。現在開発中の分光器は、光ファイバーで天体からの光を導くため、装置を観測ドームの1階に置くことができ、重量の制約がありません。そのため、メンテナンス性を重視して産業界で用いられるような箱型の真空容器を使う事にしました。




この箱は 1.7m×1.3m×0.7m のサイズのアルミ製(厚さ 5cm)で、ちょっと幅の広い浴槽位のサイズです(重さ1トン)。光ファイバーや電気系の配線は全て底面から入るので、逆さまの重箱の容器部分を引き上げるような感じで側面兼天板を外すことができ、重いですが内部のメンテナンスが非常にやりやすいのが利点です。




 この箱は、電子ビーム溶接という特殊な溶接方法で製作されています。
   上の写真は容器の一部の側面の拡大写真で、黄色の丸の中央で縦に溶接されているのですが、完全に一体化しているため、どんなに目を凝らして見ても溶接されている事が全くわかりません。最近の溶接技術の高さに感心した瞬間でした。