2019年4月12日金曜日

マルチメッセンジャー天文学事始:高エネルギーニュートリノ源天体探査狂騒記


201941日は、新年号「令和」の発表で大騒ぎであったが、重力波業界では、米国のアドバンスド・ライゴ(advanced LIGO)とヨーロッパのアドバンスド・バーゴ(advanced VIRGO)等が連続観測を開始し(O3ランという)、連星ブラックホールや連星中性子星の合体による重力波がこれまでにない高い頻度で検出されるだろうということで、興奮状態の人が多いようである。J-GEMチームでもこの日から毎晩当番を決めて終夜待機ということになっている。この文章は当番中に書いている。

前回、「次回はマルチメッセンジャー天文学の一端として、私自身がかかわってきた、観測のドタバタ劇(突然出現し、かつ、これまでとは違う局面が多く、ドタバタ劇となってしまう・・・)の一部を紹介し、3.8m望遠鏡への期待を書こうと思ったのであるが、(中略)次回以降にいくつか紹介しようと思う。」と書いたので、高エネルギーニュートリノ源の可視対応天体探しの話の一部を一席。

時は、2017923日朝(日本時間:土曜だけど秋分の日)、千葉大学の吉田さん(IceCube実験をしている方)からメールが来て、下記の図と共に、「これは、かなり信号くさいイベントです」とのこと。これに対して、米国ペンシルバニア州立大学の村瀬さん(高エネルギー天体物理の理論家)も、「これはかなり綺麗なイベントですね」とのコメントメール。そこで、我々は兼ねてからの手はずでこのニュートリノ源の可視対応天体探しを開始することにした。

ニュートリノ源の位置の不定性は角度で1度ほどあり、通常の可視望遠鏡ではこのような広い視野をさっと観測することはできない。しかし、高エネルギーニュートリノ源の候補としては数種類の天体種族が有力であるので、我々は、これらの種族のうちBLAZAR(ブレーザー)と呼ばれる活動銀河核をねらうことにしていた。高エネルギーニュートリノの100%BLAZAR起源ではないことは分かっていたが、20%くらいはこの種族である可能性が指摘されていた。5回に一回位は正解かもしれないというわけである。また、BLAZARは1平方度に数個程度しか存在しないので、個別に観測していくなら視野の広くない望遠鏡でも、増光しているかどうか観測することができる。

まず、すばる望遠鏡を利用することを考えたが、しばらくはToO観測をかけられない期間であったので断念。大学関連携ネットワークを用いて、いくつかの望遠鏡に観測依頼するも、天候にも恵まれずあまり観測できなかった。広島大学の田中氏は、かなた望遠鏡(1.5m)を用いて翌夜から近赤外撮像観測を行なった(実際の観測は院生が行なった)。院生は、慣れないデータ解析に手間取ったそうで結果はすぐには分からなかった。926日には私は国立天文台三鷹に出張だったが、その場で田中氏と落合い、かなたで観測・データ処理を行なっていた院生から結果報告をメールで受け取った。あるBLAZARで増光か減光が見られたとのメールだった。増光か減光か分からない理由は、どの日に撮った画像からどの日の画像を差し引いたかわからなくなったからだそうである。嗚呼なんてこった。その院生は今からゼミ合宿なので、確認作業をする時間がないと言うので、お手上げ状態となった。しかし、いずれにしても変光しているということである。田中氏は、ガンマ線衛星Fermiのデータのアクセス権があったので、27日に、この「変動」BLAZARの最近の明るさを簡易的にチェックしたところ、なんとここ2-3ヶ月ほど大きく増光していることが判明した。慌てて天文電報(昔は本当に電報だったが、今はメールで)ATELに速報を出した。そうだとすると可視でも激しい短時間の変光があるかもしれないので、28日には院生の磯貝君に頼んで、京大屋上の40cm1分程度の露出を繰り返して撮像することを試みた。が、残念ながらさほど激しい変動は見られなかった。上記ATELの結果を見てか、29日にはASAS-SNチームが、ここ数年の期間でみると、可視では最近明るい状態にあることを報告してきた。

 ところで、9月末はGEMINI望遠鏡の観測申し込みの締切があるし、105日にはすばるのサービス観測の締切があるので、これで追究観測を行う提案を書くかどうか思案していた。この天体はほとんど無名の天体だったので、これについて例えば分光データがあって赤方偏移(距離)が決まっているのか、といった情報を収集しないといけない。系外天体のデータベースであるNEDには何も載っていなかった。分光データは距離を求めるのに必須なので、西はりま天文台のなゆた望遠鏡(2m)やかなた望遠鏡に分光観測を依頼して、930日には結果をもらったが、特徴的な線は見えず、なんだかよくわからない。やはりすばるに申し込むべしとプロポーザルを準備していると、103日に、宇宙研の井上氏が、あるカタログにはz=0.336と書いてあると言い出した。でもよく調べると、その根拠がはっきりしないので、そのカタログの著者に直接問い合わせたら、「出所不明」との返事。これがすばる締切1分前。相手の天体は14-15等級というすばるにとっては非常に明るい相手なので、世界に先駆けてとっとと距離を出そうと意気込んで、知り合いを伝ってすばるで少し分光することになった。だが、何の線も見えなかった。このことはBLAZAR種族の中でもBL Lac型であることを示していることになって一定の結論は出たものの距離は決まらなかった。距離はそれから数ヶ月後10m望遠鏡で10時間も積分してようやく判明した。なぜか赤方偏移は0.3365と、上記ガセネタはガセではなかったのかもしれないが真実は藪の中。105日のすばる締切直後にMAGIC望遠鏡でこの天体からのガンマ線を検出したとATELに流れた。その後、Fermiのデータでいろいろと詳細な解析が行われ、4シグマ位の確率でこの天体が起源天体と考えられることがわかってきた。

太陽、超新星といった比較的低エネルギーのニュートリノはこれまでも検出された例があるが、これらより何桁も高いエネルギーのニュートリノ源の同定は(ほぼ)初のことであり、しかも約40億光年もの彼方の活動銀河核であることがわかった事は、非常に大きな一歩と言えるであろう。
  
太田 20194月4日
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追記:49日、O3の最初の重力波検出があり、重力波の解析からは、距離約50億光年の連星ブラックホールだったらしい。




IceCube 170922イベント (世界時なので922日)




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