プロの天文学者は、晴れていれば夜な夜な観測していると思われているらしい。しかし、今や観測しないで観測するケースも多い。「観測しない観測?何のこっちゃ?」と思われるだろうが、「まぁ皆さん聞いてください」(人生幸朗風に)。
1年程前に、リモート観測について書いた。私もこの間についに岡山観測所のリモート観測を経験した。しかし、近年観測しない観測モードもあるのである。一例を挙げると、すばる望遠鏡のサービス観測である。観測時間が4時間以内だとサービス観測という枠に申請することができる。採択されると、観測所の担当者が、申請者の代わり観測を実行してくれるというものである。気づいたら(?)観測データがでているので、これをもらって自分達でデータの処理・解析を行う。
ところがもっと上(?)を行くのはALMAである。ALMAでは採択された観測課題を申請者本人が観測することはない。観測所が責任をもって観測を実施してくれるのである。確かにわざわざチリの高地まで観測に出かけるのも大変だし旅費もかかるので、申請者自身が観測するのは能率が悪いという面がある。また、ある種の気象条件を満たさないとできない観測は、何月何日に観測ですとあらかじめ決め打ちできないので、観測所の判断で実行する観測プログラムを組み替えながら観測を実施するようにしている。このため一つの観測プログラムが細切れになって観測されることもある。次々と適切な観測プログラムを走らせることによってロスタイムを最小化しようという意図もある。
他人の観測だと、どこまで観測したらいいのかわからないのでは?と思われるかもしれない。その通りで、観測でとらえたいシグナル(信号)は人によってまちまちであるから、目標が達成されたのかどうか観測担当者にはわからない。担当者がいちいち観測プロポーザルを熟読して理解するのも大変であるし誤解も起こるだろう。そこでALMAでは、目標とするノイズレベルを申請者があらかじめ設定し、観測担当者がこれを達成したことを確認して観測を終了するという仕組みをとっている。もう少しで有意に信号が検出されるというような状況になっていたとしても、そんなことは知ったことではなく、非情にも設定ノイズレベルを達成したところで観測終了というわけである。
さらに驚くべきことに、ALMAでは、観測終了後のデータ処理までしてくれるのである。ALMAは干渉計であり、そのデータ処理はなかなかややこしく、素人にはとっつきにくく難しい。干渉計のデータ処理に習熟している人は多くはない。そこでALMAによる観測成果を最大化するために、仮に理論屋さんが「観測」したとしても、すぐに観測結果を見て論文にすることができるように、という趣旨で行なわれているようである。私も野辺山宇宙電波観測所等の干渉計での観測経験があるが、非常によく習熟しているとは言えないので、ありがたいことはありがたい。しかし、そうは言っても、やはり人の観測目標はよくわからないし、見たい部分に十分配慮したちゃんとした処理済みデータがでてこないケースもある。実際、私も奇妙な観測設定やデータの処理で非常に困惑し大いに苦労したことがある。最近は正しい観測とデータ処理がなされているようであるが、初期の頃は結構アブナイ感じであった。
このようなシステムは、「観測者」にとっては便利であり、あるいはユーザー拡大という意味では意義があると考えられる反面、人材の育成という点では注意が必要なように感じる。世界中が単なるユーザー集団になってしまわないように気をつけないといけない。
ところで、ALMAのこういったシステムは、観測せずとも既存の処理済データで研究を行なうことができることも意味する。ALMAの処理済みデータは周波数毎の画像データであるので、申請者が目的とした天体(のある部分について)以外の情報も含んでいる。このような偶然観測された天体を対象とした研究も可能であり、実際こういった研究結果はたくさん出つつある。観測データの有効利用であり、観測したくない人(いなくもない)・観測提案が採択されなかった人々にもある意味朗報と考えるべきなのであろう。
いろいろ勝手なことを書きましたが、ALMAの大いなる研究成果、そして皆様のご健康とご多幸をお祈りしつつ、本日のぼやき(だったのか!?)を終わらせていただきます。(うーん、定型だな)
太田 2016年3月21日
ALMA望遠鏡(国立天文台提供)。
電波干渉計であり、たくさんの望遠鏡を使って1台の大きな望遠鏡として観測する。
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