プロの天文学者は、晴れていれば夜な夜な観測していると思われているらしい。しかし、今や観測しないで観測する(と言うのかなぁ?)ケースも多い。もはやシリーズ何回目か不明だが、前回は、観測者自身が観測しない、サービス観測やALMAの観測の話を書いた。今回は、もっと観測しない観測である。例によって、「何のこっちゃ?」という感じだが、実は前回の話の最後にちゃんと振ってある。“ところで、ALMAのこういったシステムは、観測せずとも既存の処理済データで研究を行なうことができることも意味する”と。(この振りを当時意図して書いたのかどうか忘れているあたりは問題であるが。)
ALMAに限らず可視の観測でも、他人が取ったデータを再利用することができる。例えば、すばる望遠鏡の場合、誰かが取得したデータは1年半の占有期間があって、そのデータを取得した人(グループ)は1年半の間そのデータを占有することができる。しかし、それを過ぎると誰でもそのデータを利用することができるのである。つまり、大変な観測プロポーザルを書かなくても、人のデータを使って研究することも可能なのである。このため、大きな観測所ではたいていの場合、取得データを保存して再利用できるような方針を持ち、そのための体制・設備を持っている。これをデータアーカイブという。
データアーカイブがあると、同じ天体の観測をしてしまって貴重な望遠鏡時間を無駄にすることがないというメリットがあるが、それだけではない。同じデータを用いても違った観点から研究に利用することができ、別の研究ができてしまうという効能がある。あるいは時間変化する天体の昔のデータとしても活用できる。また、研究目的でなくても教育用に活用されることもある。一粒で二度も三度もおいしいというわけである。生産性の高い仕組みであると言えよう。
アーカイブされたデータの中でも最も使いよいというか生産性の高いものは、レガシー的なサーベイ観測だろう。観測所等が頑張って、ある領域を広く深く色々な波長で観測して、更にこれらのデータの処理まできちんと行なって、そのデータを公開するというようなものである。このようなデータであれば、誰でも(理論家でも)、容易にデータを使って色々な視点での研究が可能となる。一粒で二度や三度どころではなく、100度くらいおいしい(論文が100編出るという意味)場合だってある。
ただし、同じデータを用いるので、うっかり同じ視点で研究してしまうと、その研究が水の泡になってしまうこともある。随分昔の話になるが、ハッブル宇宙望遠鏡のアーカイブデータを用いて、楕円銀河の色進化を調べたことがある。研究結果をまとめて専門の雑誌に論文を投稿したら、これは最近だれそれがやった研究と同じように見えると言われて終わってしまった経験がある。しかしこれにめげずに、その先の目標であった、楕円銀河の内部構造進化、特に色勾配の原因を探る研究を独自視点で行なった。ハッブル宇宙望遠鏡ならではの高角分解能を活かして、楕円銀河内部の色勾配を定量化し、簡単な理論モデルを用いて色勾配の起源に迫った。その結果、楕円銀河内の色勾配の原因は金属量による違いで、楕円銀河の形成の歴史が反映されているのではないかという推測ができた。これは面白い結果で、楕円銀河の色勾配進化の研究の元祖と言ってもよいかと思われる。その後の研究で年齢効果が混じるというような結果もでているが、主たる要因が金属量であることは変わっていない。当時は自前でこんなデータを取得するのは困難であったので、アーカイブデータのおかげでとても面白い経験をさせてもらったと思っている。さらに、この研究結果を元に、いくつかの望遠鏡を用いた更なる研究にも発展した(これは自分で行なう観測)。
従って、取得データの保存は重要で、3.8m望遠鏡でも共同利用によって取得されたデータは保存されるし、しないといけないのだと理解している。しかし、ただ保存しただけでは有効利用できない。データの検索ができたり、そのデータの属性や質もわからないとあまり役に立たない。データアーカイブはそれ自身研究課題の一つであるとも言えるのである。
太田 2016年8月1日
懐かしの、アーカイブデータを用いた研究例。昔の楕円銀河の色分布。Tamura et al. AJ 119, 2134 (2000)より。
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